いたのか? だが、さういふ静物としても……」と、笑ひ、私は一寸と不興を覚えたことがあるのだが、今ではその批評もあたつてゐるといふ気がした。
「仮面《めん》ぢやないよ。」と、私は、その時抗議を申したてようとしたが後が続かなかつた。
「山あらしの肖像画か?」と、彼は、更に皮肉を云つた。
「…………」
「そんなにまで云はれたら君も憤《おこ》りたくはならないかね。」
「え?」
「山あらしの肖像画といふのはね……」
 さう云つて彼は、その言葉の出所を説明したことがあつた。
 西暦千八百十何年かの話である。ノア・ウエブスターがその郷里のハートフオードでその[#横組み]“Speller”[#横組み終わり]を出版した時のことである。この時に著者の肖像画を口絵にして掲載したのであるが、あまり印刷に凝り過ぎたゝめに反つてその肖像画は本人とは似もつかぬ異様なものになつてしまつた。頭髪は針のやうに一本一本逆立つてゐた。そして眼は、ぎよろりとして頭髪と同様な太い線で露はにむき出してゐた。で、この口絵は恰も山あらしの肖像画を掲げたかのやうな怪貌になつた。だが著者は、この印刷を認め、自信を持つて堂々とその下に[#横
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