頃から取りかゝつてゐた或る私の連作的小説を私は、十二月に入つて間もなく書きあげた。
そして何時も私小説を書いた後に感ずる、誰とも顔を合せたくないやうな心で、私は、この怪し気な日光室の椅子に凭つてゐた。――時には、犯罪でも行つたやうな胸の動悸を覚ゆることもあつたが、今度はそれは稍々軽い気がした。――「毒舌」といふ題をつけたのであつた。はかなく後悔の念にも唆られてゐた。
自分の息の臭いことを怖れるといふことなどもその小説の中に一寸と書いたのであるが、ふしだらな飲酒と不健康な執筆の揚句で、一層胃が悪くなつたらしく、折角の日光室が刻々に自分の息で濁つて行くやうな気がして、私は時々硝子戸に隙間をあけて外に向つて太い吐息を吐いた。
この前の小説も今度のも、近所に借りてある部屋で書いたのであるが、斯んな風にこの明るい一隅で沁々と日光に浴してゐると、この次には此処で、何か小品見たいなものを書いて見ようかしら? などゝ私は思つて、も少し此処を完全に区ぎることを画策したりした。
「うしろの幕を扉にして――そして、硝子戸の上あたりに息抜きのやうなものを作らうかな?」
――「当分、こゝを俺の部屋にしよ
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