などを思ひ出した。私は、温室の隅に小さなテーブルと椅子を置いて、栽培に倦きた体を休めるのが常だつた。
その中で学期試験の勉強をしたこともあつた。寒い日には、小さなストーブを焚いて、其処に入る時だけ着てゐた作業服を温めたりした。夜も、ランプを点して、遅くまで夜業に耽つたことがあつた。――飼つてゐた犬を毎晩そこに泊らせた。ベン船長から貰つた星の歌をうたふ眼醒時計を歌はせて夜業の区ぎりにした。
ベンさんとは、その頃写真や手紙を屡々往復したが、一度作業服を着た私が温室の扉の前で犬と一処に写した写真を送つたら、
「私のデイツク・ホイツテイングトンよ。やがて君が乗るべき馬車を送らう。」といふ返事と一処にロード・メーヤーの馬車の写真を送つて呉れたことだけは、今でも私は覚えてゐて苦笑を感ずる。おそろしく汚れてだらしのない作業服の私の姿を、からかつたのには違ひない。――このデイツクは、ロード・メーヤーにはならず、この昼夜兼帯の硝子戸一枚の家の主人にはなつたが、妻子同人の支配さへ出来兼ねてゐるではないか。
その温室は、漸く一冬は保つたが春になる頃には私は、すつかり倦きてしまひ、母がブツ/\云ひながら
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