つてテーブルの上だけの陽をさへぎつた。また、畳との境えの障子を閉め、背後には揚幕のやうに布を垂して、そこを恰度一畳敷位ひな広さに区切ると、そこは終日明るい、屋根裏のアトリエのやうな一隅になつた。上部の硝子の隙間から白い空が見あげられるだけだつた。
 私は、隣家から菊の花を貰つて来て塵の溜つてゐる一輪差を洗ひ、簪のやうに差し込んで心細く眺めた。――脚のあたりには深々と陽が射して温室に居るやうな温かさを沁々と感じた。
「八畳よりも此処の方が好さゝうだ。」など、私は思つた。――「近所に借りてある、あの部屋も止めてしまつても好さゝうだ。」
 私は、当分此処で昼間の独りの営みを続けることなどを思つた。友達に会ふことは好きなのであるが、此処には訪れる者もないし、知り合ひの者もないし、散歩はあまり好まないし、いつも私は短い昼間を永く感じながら独りでてれ[#「てれ」に傍点]臭さうな顔をしてごろ/\してゐるのであるが――この一隅を得た時には、玩具を買つた時の子供のやうな心の忙しさと矜りを感じた。
 この中で私は、十五六歳の頃、植物栽培に熱中して、裏の藪隅の日溜りに稍々大きな温室《サンルーム》を拵えたこと
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