溜らないうちに厭になつて投げ出して以来、眼も触れずに置いたものだつた。
「雨! 雨!」
 隣室で妻が呟いだ。
「雨!」と、私は、吃驚りしたやうに椅子を蹴つて立ちあがつた。パラパラと屋根に鳴る音には私は気づいてゐたのである。落葉の音とばかりに思つて、歯を浮かせてゐたのであつた。
 みんな葉を落しきつてゐる樹々が、曇つた空に枝を伸べてゐた。見事に、隈なく樹々の枯葉は落ちきつてゐた。

 Nからは、その後何の音信にも接しなかつた。――此方の手紙があまりに乾燥無味なのに興を失ふたのかも知れない――などゝ私は、成るべく自分に都合の好いやうな、それにしても一寸寂し気な苦笑を浮べた。
 また、冬らしい麗らかな日が続き始めたので私は、相変らず昼間のうちは日光室の幕の中で、この頃では主に居眠りばかりを事にしてゐた。うつかりして、陽が落ちる頃までそこにうづくまつて、急に硝子戸の寒さを覚えて飛び出すことがあつた。――「カーテン位ひではとてもこの先きこの硝子戸の冷たさを防ぐことは出来まい。あの昔の温室にだつて夜になれば莚を掛けて寒さを防いだのだ。」
「近いうちにお前の云ふ通りなカーテンを買つて来て貰はうかな。
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