寄つた。
「そうら斯んなのが!」
「それ、一ついくらなの?」
「戯談ぢやない!」
「いゝえ――。キヤベツのお土産ぢや具合が悪いかしら?」
「いや/\――」
と若者は慌てゝ手を振つた。「お土産なら果物がいろ/\ある。あげるよ/\!」
「ぢや、何でも沢山頂戴――。あとで車に乗つてからで好いわ。」
若者は無暗に嬉しかつた。
「ね、そのかはり、今度、タイキの馬蹄《くつ》をあたしがつくつてやるわ。」
「そいつは好いな!」
と若者は頓狂な声で叫んだ。
――若者は、自分も鍛冶屋になることを空想した。自分が、あの父親の場所に坐つて娘を相手に仕事をする場面などを空想した。さうかと思ふと、毎朝々々御者台に娘と並んで市場へ通ふ光景を想つたりした。だが、娘が居なくなるとあの父親はたつたひとりぽつちになつてしまふのだ、そしたらどんなに寂しいことだらう、鍛冶屋も止めてしまはなければなるまい、これはどうしても自分が鍛冶屋になるより他に道がないといふものか……。
何を馬鹿な! と若者は不図胸のうちで呟いた。「馬鹿なことを思つてゐる! 酒に酔ふと斯んなものかしら……」
若者は妄想を退《の》けようとしたが、そ
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