。これから、此処で御飯を食べるのよ。」
 娘は仕事場の火床に鍋をかけた。
「その間、お父《とつ》さんと一緒にもう少しお酒を飲みながら待つて頂戴!」
 三人は火床を取り巻いて腰をかけた。
「今日は市場の帰りにミヤツに寄らねえかね。あつしもお午時分には行つてるから。――この娘《こ》が踊り舞台に出るのを見てやつて呉れないかな――」
「黙つてゐようと思つたのに――」
 と娘は、箸で父親を打つ真似をした。「黙つてゐて、見せようと思つてゐたんだつてえのに、おしやべりなお父さんだな!」
 若者は得体の知れない嫉妬を覚えた。
「それは是非今日は、帰りに寄せて貰はう――それは黙つてゐられゝば勿論解る筈はないだらうな。」
「真ツ黒なのが、真ツ白になるんだからな――」などゝ父親が、からかつたりしたが娘は、知らん顔をして頻りに飯を喰つた。
「お漬物が足りなくなつてしまつたけれど出して来るのが面倒だな!」
「生でも好いかへ?」
 若者は、外の馬車を指さして娘に云つた。
「生で好かつたら何でもあるぜ――」
「キヤベツをむしつて、ソースをかけて喰べようか――」
「キヤベツなら素晴らしいのがある!」
 若者は車に駈け
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