酒を若者にすゝめた。娘と父親は槌をとつて馬蹄を打つた。朝から晩まで槌を打つ仕事に励んでゐる父と娘だつたが、若者は彼等の仕事を足をとめて眺めたのは今朝がはじめてだつた。
 カーキ色のシヤツの袖をまくしあげて、唇をしつかりと引き結んだ娘は、早朝から一杯機嫌の父親が、槌に合せて、飄逸な掛声で音頭をとつても、眉一つ動かすことなしに、夢中で重い合槌を打ち続けた。娘の額からは玉の汗が流れた。
「手伝はうか?」
 と若者は云つた。
「素人には――」
 娘は耳もかさなかつた。
 娘の槌が降りる毎に綺麗な火花が飛び散るのを若者は、胸が一杯になるやうな想ひで眺めた。

     明る過ぎる街道

 娘が他所行の着物に着換へて、赤い帯を締めて仕事場に現れて来た時には若者は、ジヨツキの酒を皆な空にしてゐた。若者は、酒を口にしたことは殆ど験しがなかつたが、綺麗な仕事を眺めてゐるうちに奇態な有頂天を覚えて、うか/\と飲み尽してしまつたのに気づいて吾ながら吃驚りした。
「ぢや出掛けようか――」
 若者はさう呟いて立ちあがつて見ると、頭が風船のやうに軽くフワ/\として、何だか酷く愉快な気がした。
「ちよいと待つて――
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