に――行け、行け、行け!」
 若者は、パンアテナイア祭の戦車競技に選ばれた幸福な、そして悲愴なアハヴの心を心としてしまつた。――ほのぼのと明け放れた朝霧の中で、若者のタイキは花々しい嘶きを挙げて快走した。
 そのまゝ鍛冶屋の前を駈け抜けてしまふ決心だつたから、
「寄つてつて頂戴!」
 娘がタイキの轡をとつた。ロータスを、いつか若者はこの娘に扮装させて、幸福な騎士にしてゐた自分から、不意に醒めてドギマギしてしまつた。若者は、真赤になつて、
「早起きだね!」
 と、無愛想に云つた。
「早起きだつて? あたしが――。毎朝々々お前の車が通る時に起きてゐるのは吾家《うち》と、水車屋さんの二軒にきまつてゐるのを知つてゐるくせに……。何を空とぼけたことを云つてゐるのさ。」
「いや、それは間違へたか!」
 若者はソフト帽の前《ひさし》をおろしながら云つた。
「でもね、今朝は少々お願ひがあるのよ。ミヤツ村が今日からお祭りで、招ばれてゐるのよ。途中まで乗せてつて貰はうと思つて待つてゐたの――」
「待つてゐる間に、まあ一杯! こいつを一つ仕上て置かないと義理の悪いことがあるんで――」
 娘の父親はジヨツキの
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