パンアテナイア祭の夢
牧野信一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)戯談《じようだん》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ゆた/\
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     堤の白明

 野菜を積んだ馬車を駆つて、朝毎に遠い町の市場へ通ふのが若者の仕事だつた。
 村を出はづれると、白い川の堤に沿つて隣りの村に入り、手おし車ならばそのまゝ堤づたひに真ツすぐに、また次の村に入れるのだが、そのあたりから道が急に狭くなつてゐるので、馬車だと迂回して、鎮守の森の裏手から、村宿を通り抜け、鍛冶屋と水車小屋に、朝の挨拶をかけて、橋を渡るのであつた。
「お前の槌の音が聞えると、タイキ(馬)は、きつと脚を速くするぜ。」
「その脚音は此方にもちやんと聞えるわよ。斯んな勤勉家のお前と私とが、万一夫婦になつたら村一番の金持になるだらうね。」
 鍛冶屋の娘と若者は斯んな話を、大声でとり交したことがあつた。
 娘のあんな戯談《じようだん》を若者は、どうかして思ひ出すと屹度悲しくなつた。何故だか若者には好く解りもしなかつたし、また、深く考へて見もしなかつたが――。そして若
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