いつの頃からか若者は、その川のことを「白い川」と独りぎめに称んでゐた。或日、市場からの帰りに、旅人に村へ行く近道を尋ねられると若者は思はず、
「あの白い川の堤に添つて――」などゝ教へて、不図苦笑を覚えたことなどもある。明方の印象だけが深いので若者には何時もそれは白い川だつたが、その時は快晴の真昼時で水はあたりの新緑を深く映して、一面に青く光つてゐたから――。
 この頃若者は、白い川のあたりから、町に入るまでの間、御者台に首垂れて本を読み続けることにした。タイキは道に好く慣れてゐたし、出遇ふ者のある筈もなかつたから別段手綱を執る要もないのである。馬は間違ひなく、それで、町へ着くのである。若し若者が全くまどろんでゐたとしても――。
 ……「俺は昨夜不思議な夢を見たよ。お前が今俺におくつて呉れる次々の輝かしい言葉に答へる俺の悦びの返事を、俺はすつかり昨夜の夢でそらんじた。だから、万一俺が今お前に答へる言葉が、お前にとつて不満であつたにしても、どうか悪く思はないでお呉れよ、ロータス!」
「お前が若し、妾《わたし》の言葉に対して一切の沈黙を守つてゐようとも、妾の心はあらゆる輝かしさに満ち溢れてゐ
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