世はかくまでに老ひしかな……云々以下三|聯《スタンザ》から成るゲルマン族の牧歌を、奴は、滅茶苦茶にひつちやぶいて、マメイドといふ私が好意を寄せてゐる居酒屋の娘の頭に雪と散らした。その由を私はマメイドから聞いて、非常に自尊心を傷けられた。また彼は、マメイドに向つて、彼が私を目して、三通りの尊称を使ふのは、
「大馬鹿先生」――「自惚博士さん」――「貧棒の大先生」といふ意味なのだ――。
「それを知らないで、好い気になつて小鼻をふくらませてゐる格構と云つたら……」
そんなことを云つて、ひとりで腹を抱へてゲラゲラと笑ひころげた――。
「先生、あたしは、ふんとに口惜しかつたわ、先生とあたしと仲が好いことを、あいつと来たら飛んでもない風に思ひ違へて、あんな博士とは喧嘩をしてしまへ、そして、俺と好い仲にならうではないか――だつて!」
河原で摘んだ花束を携へて私を訪れたマメイドが、悲しみに首垂れながらそのやうなことを伝へたことがある。それに違ひない、好意を持つてゐると云つても私がマメイドに寄せてゐるそれは恋情沙汰ではない。この家の雪太郎は私と同年輩の三十余歳であるが、親想ひ、兄弟想ひの律義者で、営々
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