さしたのであつて、実物の彼の鼻は、いつも私に昔噺の中にある業慾者の鼻にぶらさがつたといふソーセージを想像させる態の、赤味の滲んだ肉附き豊かな、何とも憎たらしいごろん[#「ごろん」に傍点]棒であつて、決して曲つてゐるといふわけ合ひではない。大先生とか、先生とか、何うかすると博士さん――などゝ彼は私を呼ぶので、もうせんには私は、真実彼が私を尊敬して斯く称ぶのかと思ひ、うつら/\として一処に茶屋酒を飲んだり、色紙を書いて贈呈したり、また、印判を証書見たいなものに捺したり、したこともあつたが、それは未だ私が彼にガラドウなどゝいふ仇名を付けぬ時分で、彼が屡々口にする通りに私の親友だと思つてゐたのだが、或時彼が、
「この判さへ捺させてしまへば此方のものだ。――薄のろ野郎奴が、好い気になつて斯んなものを書きやあがつて……」
さう嘲笑して、私の蔭で折角不得意の筆を執つて私が揮毫したところの、愛唱歌であるから何時でも私は空で覚えてゐるのだが、ちぎれちぎれに雲まよふ、夕べの空に星一つ、光りはいまだ浅けれど、想ひ深しや空の海、あゝカルデヤの牧人が、汝《なれ》を見しより四千年、光りは永久《とは》に若くして、
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