としてこの水車小屋の経営に没頭し通しで、未だに妻も持たなかつた。私は、もう少し、この水車《すゐしや》が順調となつたならば、是非とも彼とマメイドとを夫婦にさせてやりたいものだ――と希ふてゐる、二人とも行末長く私の友達として苦楽を共にするに適はしい人物である――左う云ふ意味の好意なのだ。また、雪太郎父子は、見るかげもなく落ぶれ果てた私が妻を引き伴れて、もう長い間この家の二階に籠居してゐるのだが、恰も私を代官のやうに尊敬して、下にも置かぬもてなしである。いわれと云へば、昔、私の先々代の田畑がこのあたりにあり、その米を雪五郎がこの水車《みづぐるま》で搗いたといふだけの話で、寧ろ私方が憎まるべき不労所得の搾取階級に違ひなかつたのだらうが、そんなものゝ子孫を未だに有りがたがつて、私が町のあばら屋で寒さに震へてゐるといふことを聞くがいなや、米運びの馬車に赤毛布の座席をつくつて、鞭をならしてはるばると駆けつけたのである。以来私は、夫婦仲睦じく、この家に起居をつゞけてゐたのであるが、雪五郎の娘のお雪を襲ふアヌビス共の鋒先が日増に猛々しい火花を散らして乱入して来るといふまことに容易ならぬ状態に陥つたので、
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