としてゐたのに――。
この鎧植騒ぎが起るやいなや桐渡ガラドウは即座に年々歳々の賽銭の高を計上して、
「あの薄鈍先生から五十か百の金でふんだくれば、濡手で粟だ。」
と北叟笑み、既にもう手前が鎧武者になつた気で、アヌビスを賽銭拾ひに、また同志の悪党を悉く使丁に抜摘した太鼓隊を組織して、毎夜毎夜メイの店で手配を回らし、前祝ひの盃を挙げてゐたが、いよいよ期の熟した今朝となつてはあらゆる弁舌を弄して私に迫つた上、若しも私が云ふことを諾かなかつたならば、一思ひに腕力沙汰をもつて捻ぢ伏せてしまはうと決心し、今や二十人からの同勢が勢ぞろひをして手ぐすねひいて繰り出すところである――斯う聞くと私は、娘の手前といふばかりでなく、しつかりと武張つて、そいつは面白いや! とか、日頃の鬱憤を晴して目にもの見せずに置くものか! などゝ唸つたものゝ、何故か総身に不思議と激しい胴震ひが巻き起つて歯の根が合はなくなつた。
水門の堰が切られたと見へて、稍暫らく水車が轟々たる響きを挙げて回り出し、小屋全体も恰も私の胴震ひのやうに目醒しく震動しはぢめてゐた。
「いゝえ、そいつは……先生が……先生が……俺が撥をとつて行列
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