もの春秋併せて太鼓叩きの栄誉を荷ふべし――といふ事に可決された。その事は最早大分以前から村人等の話頭に上つてゐた提案であつて、里を遠く離れた森陰の水車小屋にだけは伝はらなかつたが、彼等の間では既にもう初夏の田植の頃ほひから遠くあの鎧櫃を取り巻いて、暗々裡の物々しい争奪が演ぜられてゐたといふことであつた。さう聞けば、私にもそれ[#「それ」に傍点]と思ひ合せられる筋々が枚挙に遑ない。それまで私に出遇ふと何故か冷酷な軽蔑の後ろ指をさして大手を振つてゐた村会議員の何某達が、にわかに丁寧な天気の挨拶などをして私のために道をひらくが如き有様となつたが、それは鎧櫃欲しさのお世辞わらひであつたのか、私はまた遂に彼等が私の豊かなる学識を認めて心からなる尊敬の念を寄せはぢめたのか、と大いに吾意を得て、自ら打ち進んで思想講演会の壇上に立つたり村議立候補の宣言を発表したりしたのに、嗚呼、またしても思はぬ憂目を見たものよ。あの時私への投票は雪五郎父子の僅かに二票より得られず落選となつたが、それは私が既成政党の何派に依ることなく自ら樹立した「独立共和党」なるものゝ主旨が単に彼等の意に通じなかつたとのみ思つて、晴々
前へ
次へ
全43ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング