小屋は忽ち裕福となつて、あの黒雲共に面目も立つわけなのであるが、今やもう私達は日々の米塩に事欠く仕儀に立ち至つてゐたのである。他人の米を搗いて、その労銀によつて私達は更に自分の米を買ふのであつたが、春の雪解以来、これはまた三度の大雨で、あんまり激しく水車が廻転して、三度が三度ながらぷつつりとベルトが絶れたり、車の翼が砕けたりして、終ひには馬を質に入れ、更にまた鎧櫃までも抵当にして漸くその修繕を終り、これなら私は妻を、雪五郎は可愛いゝ娘を呼び寄せることも目睫に迫つたと思つて、一家総手の大働きにとりかゝらうと勢ひ立つたところへ、この旱魃騒ぎに見舞はれた。
 私は、密かに祭りの到来を指折り数へて待ち構へてゐた。祭りともなれば、迎へに行かずとも妻やお雪は唐松村の野外劇団の幌馬車隊に加はつて戻つて来るであらう。私達は賽銭袋を首にぶらさげて、手に手をとつて太鼓の音のする方へ駆け出すであらう。
「あれあれ、お父さんの冠りの先きが……」
 六尺もある大男が一尺歯の高下駄を穿いてゐるのだから、天狗の顔は稲むらの上にひとり浮び上つて、遠方からでも直ぐと解るのである。お雪は、声を張りあげて、
「お父さん、お
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