父さん――」
などゝ呼ばはると、天狗が高い鼻を此方に向けて、嬉しさうな点頭きを示すではないか。兄弟に荷はれた大太鼓が、鎧武者の撥に打たれながら、厳かな余韻の煙りを曳いて進んで行く光景を想ふと、私は全身の血潮を涌きたてさせられる止め度もない情熱の竜巻きにまくしたてられるのだ。黒い面当《めんあて》をつけ、緋縅の具足に鍬型兜のいでたちりりしい鎧武者は、誉れに充ちた腕を振りあげて必死の力で太鼓を打ち続けるのである。この大役は、季節に順番となつてゐて多くは村の主だつた名士の者が拝受することになつてゐたが、その栄ある颯爽としたブリヽアント・チヤンピオンの姿は、群集の羨望の的であり、うら若き子女をはぢめとして、善男善女悉くが随気の涙を惜まなかつた。親は子を、妻は夫を、男とあらば是非とも太鼓打ちの荒武者として彼処に立せたく、希はぬ者とてはなかつた。
春の時には、あの地主のアービスが太鼓叩きの番となつて参道に現はれたのであつたが、いざ此処に至つたとなれば誰も常々の奴の悪徳などを云々する者もなく、朗らかな歓呼の声を挙げて、彼の打ち鳴す太鼓の音に魂を奪はれた。
「まるで、世界が昔に返つたやうだ。勇ましい
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