て、先生――などゝ呼びかけても、もう私は金輪際、返事などをするものか。ツンとして私は、野郎の鼻を睨めてゐた。馬耳東風とは正しくこの態であらう。
「ねえ、先生、実は大変耳よりな儲けばなしを持つてやつて来たんですがね、といふのもあなたとあつしとの長年のお友達の誼みで、先生が大変お困りと訊いたので、何とかお力添えをしたいと存じましてな……」
ガラドウの云ふところによると、私がつい此頃食ふに事欠いて、いよいよ最後の持物となつてゐた祖先の鎧櫃を町の酒屋へ持ち込んでわづかばかりの抵当としたといふことだが、いつかその噂がそれからそれへ伝つて実に私たる者が嘲笑の的になつてゐたところ、幸ひにも「さる[#「さる」に傍点]一人の義侠的人物が出現して」ひとまづ、それをとり戻し、私の返金の出来る日まで――と云ひかけて彼は、
「孫子の代までも待ちませう――」
と見得を切つて、ふゝとわらつた。私に望み次第の金子を融通仕様といふのである。
「甘い話ぢやありませんか、持ちぐされのボロ宝が生き返つたとは、何と目出度いことぢやありませんか。――そこで、だツ!」
と彼は、にわかに生真面目な顔に戻ると、胸を引いて、音も見
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