事にポンと手を鳴した。「先生のお望みの金額を、まあ、ものは験しに仰言つて見ては下さいませんか。」
別人の提言ならば私は有無なく賛成したに違ひなかつたが、一度瞞されたが最後、奴の申出など、何で諾くものか。加けに、奴はアヌビス共を煽動して、この水車小屋の差押へを駆り立てゝゐる張本人の由である。敵だ!
「ねえ、先生、まあ、とつくりと考へて御覧なさいよ。」
「…………」
木像に向つて演説をしてゐる――と私は思つた。それにしても、若しもこれが別人からの提言であるならば! と私は思はずには居られなかつた。若し左様ならば、先づ水車の負債を片づけて、明日にも妻やお雪を迎へに行くことが出来るではないか、一体、自分の望みの金は何程か、千か、万か――。と、ガラドウは、パツと片手の平を私の眼の先に拡げて、
「こう[#「こう」に傍点]と出ますか?」
と叫んだ。
「…………」
私には一向意味が解らなかつた。すると彼は深い決心に似た思ひ入れと共に、
「では斯うとゆくか?」
と今度は、拡げた手の平に、別の指を二本載せて、凝つと私の顔を視守つた。
「…………」
私の想ひは、はるか遠く雲となつて唐松の空に漂ひ
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