いふことを朝になつて知らされた。
 片方の三角の柱の格子からは、門を出入する人々の姿が見降せる、仰いでも、此方は薄暗いから、その上、チラ/\する格子を透しては中の様子は解らぬ。私は験しに下に降りて仰いで見たけれど、若しあの中に住む者があれば、囚はれ人か盗人の昼寝の洞にふさはしい――と思はれた。片方に仁王の肩中を屏風として、金網に囲まれ、そしてこの格子の下に机を据えたならば、実に私が人に秘れてもくろんでゐる規模雄大なローマンスの筆を執るには世にも適当な仕事部屋であると、深く吾意を得た次第である。
 私が、あの河岸の丘の部屋にゐると、それとなく桐渡やその部下の者が訪れて来て、東京へ赴くのは何時か、何日か、私は直ぐにも貴君がこゝを空け渡すと聞いて、既に貴君の母堂から借用してしまつたのであるが一体、そのローマンスとやらは何時になつたら出来上がるのか――などゝいふ風に、それでも私の気嫌を正面から苛立たせてしまつては、いろいろと不首尾の事情があるもので、適度に讒諂の笑みを含めて云ひ寄るのであつたが、さうと気づけば、私も仲々さる者であつて、どつこい、その手に易々と乗る者でもなかつた。
 桐渡達は、人
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