た。相談は何うなつたか、議長格の私が今は忘れてしまつてゐるが、何でも私はその晩わけもなく大ざつぱな太平楽を並べて、ぐでん/\に酔つ払つて帰途を失つてしまつた。
「ぢやお雪や、先生はお二階へ御案内申すかね。」
手伝ひに来てゐる兄弟の妹に、お婆さんが左う云ふと、お雪が、夜中に目を醒しにでもなつて、先生が驚きはしなからうかと逡巡した記憶が私にあつた。店と、炉のある部屋がつゞいてゐるだけの家なのに、二階とは不思議だな――と思ひながら、お雪に従いて真つ黒なカーテンをくゞると、段々を二つ三つ上つたかと思ふと、真四角な箱のやうな部屋に達した。翌朝、私が目を醒して見ると、その部屋の三方には祝入営竜巻雪太郎君と筆太に認められた幟の幕に囲まれてゐた。それにしても、朱塗の逞しい柱や格子がうかゞはれると思つて、首を上げて見ると、一方の幟の向側に大岩のやうな仁王の背中が接し、天井と幟の合ひ間から大腕を揮つて虚空をきつてゐる仁王の肩から上が奇峭となつて眺められた。つまり、私の寝室は仁王堂の中の恰度門番が住むやうな二段となつた「楽屋」見たいな二階であつた。同じ広さの階下は、お雪の寝室で、二階は客用に使はれてゐると
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