。
こゝは車も通らぬ山坂の通ばかりで、河のみが往来《ゆきき》の大通りに使はれてゐる私達の小さな竜巻村であつた。
雪太郎は、うむうむと合点して舫纜を解くと、舳先に立つて竿を構へ、弟は艫の座席に着いて発動機のスヰツチをいれた。ランプほどの容量のエンヂンは、重い積荷のために水中ふかく姿を没してゐる推進器の翼を、水底に音を吸はせて、徐ろに廻転しはじめた。
「おや/\!」
と雪太郎が眼を丸くして、汀に竿を突きながら私の窓を見あげた。「お宅の窓は明けつ放しぢやありませんか?」
「それにしても……あツ、誰かゞ窓を閉めてゐるよ、桐渡さんぢやないかな!」
「云つて呉れるな。」
不図私は眉をくもらせて、あらぬ方へ眼を反向けた。「百鬼夜行の有様なんだよ――文学に没頭してゐる俺を、寧ろ幸ひにして、恰も気狂ひ扱ひにしてゐる、然し僕だつて、ものゝ事情位ひは解るんだけれど、そんな事に関つて、やれ、それは俺の財産だぞ――とか、俺は斯んな借金をした覚えはないよ――などゝ云ひ出したひには、単にそれだけのことが、充分に俺の仕事になつてしまふ、それが俺の生きる道になつてしまふ、文学に没頭する暇などはなくなつてしまふ―
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