獅オて見ようと点頭いて、
「一身軽舟と為る――」
 と胸を拡げて歌つた。すると二人の舟人が声をそろへて、
「落日西山の際――」
 と和した。そして私達が、そゞろに陶然として、
「常に帆影に随ひて去り
 遠く長天の勢ひに接す――」
 斯う高らかに合唱すると、私達の舟を追つて駆けつゞけてゐる鳥のやうな影が、綺麗な叫び声を挙げて空高く舞ひ上るのであつた。
「御覧、やはり山鳥ぢやないか!」
 私がわけもなく得意さうに云ふと、
「いゝえ、あの通り――お雪ですよ。」
 二人は更に強情を張るのであつた。
 すると舟が柳の木蔭を回つた頃から急に勢ひを益して流れはじめた。私はよろよろとして舟ばたに凭りかゝりながら、後ろの空を見返へると柳の上を飛んでゐる山鳥が突然翼を翻して転落する有様であつた。
 私は思はず手に汗を握つて、悲鳴を挙げてしまつた。――と、私は帷の中で夢から醒めてゐた。
 うらうらとした朝なのだらう。脚もとの幕に仁王の見事に開かれた片手が鮮やかに揺曳してゐる。恰度、その影を壁飾りの位置にして、お雪は天井から吊した投網の破れ目を繕つてゐた。
 私は、ぼんやりと油絵のやうなお雪の姿を眺めた。
 
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