と聞えた。――崖の上に私達の狼犬《ゼフアラス》が現れて、空に向つて口腔《くち》を開けてゐたが、やがて飼主を発見すると、ほんとうの狼のやうに猛々しく落葉を蹴散らせながら、汀を目がけて駈け降りた。
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Whose swelling tide now seemed as if't would sever
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 ――歌は続いてゐた。
「あれは、ダニューヴの花嫁の歌だ!」
 私は、今が今迄あの窓に向つて不断に身構へつゞけてゐた颯々たる剣舞の夢が、恰も「白雲去つて悠々たり」といふが如き風情で、静かに拭はれて行く和やかさを覚えた。
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きらめく水の戯れに娘《ベルタ》の影の浮ぶさま、流れよ、波よ、しばし彼女の面影を……
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 私は思はずその歌の続きを口吟みながら、反対の汀に飛び移ると、歯朶の群れのなかに咲いてゐた山水仙を祈つて、
「おうい――ベルタ!」
 と称んでしまつた。「投げるからうけとつて御覧……Those young flowerets there, shall form a braid for thy sun
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