蕨狩りに出掛けた時、崖を這ひ登りながら胆を冷したのを思ひ出して、銃を担いだ娘がひとりであれを登るさまは想像が困難だつた。
「あたり前だわ。」
 お雪は苦笑してゐた。「今朝だつて、もう、一度行つて来たのよ、霧が深くつて生憎不漁だつたけれど。ぢや、お店に時々ならんでゐる雉や山鳥は、皆なあたしが打つて来るんだと云つたら、何んなにお前は驚くだらう?」
「売つてゐる、あれ[#「あれ」に傍点]!」
 季節/\の川魚の干したのを藁づとにして軒先にぶらさげてあるのに並べて、いつも小鳥の束が商はれてゐるのを私は知つてゐる。
「そのお金がもう二十円もたまつてゐる。」
「――この鉄砲は勿論雪ちやんに進呈するけれど、僕が東京へ行つたら、もつと新式の軽いのを買つて、屹度送つてあげるよ。」
「何時東京へ行くの?」
「…………」
「新しい鉄砲なんて要らないや。――行つてはいけないよ。」
 ――沢に降りると、私はシヤツも下着も脱ぎ棄てた半裸体となつて、口を嗽ぎ顔を洗つてから、流れのまん中で巨大な牛が沐浴をしてゐるかのやうな姿の岩に飛び移ると、カルデアの蛮族の牧歌を高唱しながら勇ましい体操をはじめるのであつた。
 これ
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