感嘆の舌を巻いてゐるんですよ。」
「あまり、傍から兎や角云ふと、朗らかなインスピレイシヨンが消えてしまつて、元の部屋へ戻つて寝てしまふより他に始末がつかなくなるかも知れないよ。」
「やツ、それは大変だ。……然し、その路金の工面は?」
「煩いな。それも矢の倉にあるんだよ。」
 と私は眉をひそめた。――そして私が、再び瞑想的な面持ちで静かに眼をつむると、彼等は、口々に、口のうちで、
「叱ツ、静かに/\!」
「あぶねえ瀬戸ぎわだぞ!」
「ひや/\させるねえ!」
 などゝ呟きながら、抜きあし、差しあしでその場を立ち去つた。
 そつと私が薄眼を開いて見ると、三人の男が薄氷を踏むやうな真面目な滑稽な脚どりで、こそこそと葦をわけながら汀を離れると、ブラボウ! と叫ぶが如く翼を拡げて、まつしぐらに丘を駈け昇つて行つた。
 ……舟が、流れのまゝに大きく迂回して、木立の蔭にかくれようとする角に差しかゝつた時、私が彼方の丘を振り返つて見ると、さつき慌てゝ閉められたあの家の窓から、幾人もの悪人が重なり合つて、切りと帽子やハンカチを打ち振りながら、恰も出陣の首途についた荒武者との別れを惜しんでゐるかの模様であつ
前へ 次へ
全27ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング