た。
二
「祝入営」の幟の中の私は、昼となく夜となく小さな古ぼけた経机の前で、鈍重な眼を据えてゐたが、言葉に変へるべく未だ脳裏の猛々しい情熱の渦巻きが余りに生々し過ぎるのを感じた。換言するならば、篇中に活躍すべき多くの登場人物を扱ふべき私の態度に、作者としての襟度と夢の不足を知つた。――続いて未だ少くとも二三ヶ月の「オーミング」の要を私は覚えた。
朝、目が醒めると私の脚もとから胸先へかけて麗らかな陽が射してゐるかと思ふと、頭上の帷《まく》に大臼にも増した仁王の頭《かしら》が、くつきりと映つてゐることがある。また陽《ひかり》の加減に依つては大蛇が雲を呼んだやうに見える仁王の腕の影が、帷の一方から天井に抜けて駆け登つてゐることもあるし、脚もとのスクリーンに、ぱつと開かれた仁王の掌が、小さな私をその中に一と掴みにしてしまふ勢ひで迫つてゐるのに仰天させられることもあつた。私は時計などは持つてゐなかつたが、それらの仁王の影の部分的位置の具合で、誤りなく午前の時間を云ひ当てることが出来るのであつた。
私は目を醒ますと、先づ呼鈴の代用として使つてゐる枕もとの木魚を叩くのであつた。
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