破して、秘かに作者たる私が積年の鬱憤を晴さうといふ仕組みであつた。就中私は、それ自らが豪勇無比な荒武者となつて、従横無尽に花々しい筆端の刃を揮つて、群がる者共を手玉にとつて薙ぎ倒し、こばから首をちよん切つて、さしもの竜巻村に平和の風を吹かせるといふ、痛快至極な冒険譚であることを知らずに、彼等は、左う云ふと、一様に恍惚の眼を細めて深々と息を吸ひ込んだ。
「出かけたくなつたぞ。」
私は、何か深い思惑でもあり気に、凝つと雲の彼方を睨めながら重々しく唸つた。すると、彼等は私の気分に逆ふことを、暴君の下僕のやうに怖れて、
「然し、そのまゝの姿でも、まさか出発は出来ぬでせう。なんなら今直ぐにでもお召物の用意を致しますが……」
「着物は、矢の倉に預けてある――新調の背広が一ト揃ひ――」
「ほゝう――さすがにお手回しのほどは万端行きとゞいてゐるんだな。何でも先生は、業々しい出発の騒ぎなどゝいふありふれた習慣は、きついお嫌ひの由で、何でもその日の風の向き次第、御気分の帆のあがり次第、時刻も関はず出発してしまふといふのが常々からのお心掛けのさうだが、さすが詩人だ、偉い変り振りだ――と皆なもうそれを聞いて
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