ないんだ。その通りの型にして新しいのを一着拵へるから、それと君交換して呉れないか?」
「厭だなア!」と彼は、さもさも残り惜しさうに答へた。今が今迄彼は厭々ながらそのコートを着てゐた。他に外套がなかつたので内心恥しい思ひを忍んで斯んなものを着てゐるのだつた。だがこの男にそんなことを云はれると、持前の卑しい虚栄心が出て、――俺はワザと斯んなに乱雑な服装をしてゐるんだ、ボンクラな奴には解るまいが肚では相当身なりについてもたくらんでゐるんだぞ――といふ、まつたく咄嗟の考へに気づいたのだつた。オーバコートを拵へる為に母から貰つた金を蕩尽して了つたので、よんどころなく冬の真中だといふのに、そんなクレバネット製の裏もない古コートを着用してゐたのだ。実家へ帰つた時、父の古外套でも持ち出すつもりで、そつと物置へ忍び込んでトランクを掻き廻した時、底から探し出したものだつた。
「僕だつて君、多少気に入つてるからこそ斯うして着用に及んでるのさ。でなくて誰が酔狂にこの寒さに斯んなものを……」と彼は恬然としてうそぶいた。
「やつぱりさうだつたのかなア! あゝ、悲観した。」
 友達は、仰山な地団太を踏んだ。――友達
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