スプリングコート
牧野信一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)お午《ひる》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)うと/\して
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

 丘を隔てた海の上から、汽船の笛が鳴り渡つて来た。もう間もなくお午《ひる》だな――彼はさう思つただけで動かなかつた。いつもの通り彼は、まだこの上一時間か二時間はうと/\して過す筈だつた。日が射してまぶしいもので、頭からすつぽりとかひまき[#「かひまき」に傍点]を被つたまゝ凝《ぢつ》と小便を怺へてゐた。硝子戸も障子も惜し気なく明け放されて、蝉が盛んに鳴いてゐた。
「もう暫く眠つてやれ。」
 彼は、たゞさう思つてゐた。
 丁度彼の首と並行の何の飾りもない床の間には、雑誌ばかりが無茶苦茶に散らばつて、隅の方には脱ぎ棄てた儘の汚いコートが丸まつてゐた。
 汽船の笛が、また鳴つた。子供の頃彼は、この笛の音では随分厭な思
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