べく明十二日午前八時当地出発の予定に御座候 伴れは松崎氏 寛一 栄二 滝子 冬子等同行六人に候 私も承知の体故いかゞとは存じ候へども運を天に任せ決行の次第にて、若しもの時は後事よろしくお頼み申し候 尚私所有の遺物は大部分栄二へ御譲り下され度願上候
 父上は当分帰宅なき様子にて決して依頼心を起すことなく御身も自活の道を講ぜられ度願上候若し無事帰宅せば私も御身の滞在中その地へ参り種々心残りのこと伝へ置きたく思ひ居り候
    八月十日夜認む[#地から2字上げ]母より
  信一殿御許へ
 読み終ると彼は、慌てゝ座敷へ駈けあがり手紙は机の抽出に投げ込み、何か用あり気に一寸玄関へ走り、見るからにワザとらしい何気なさを装つて宮田の前に坐つた。
 ずつと勝ち続けてゐた勝負だつたが、それから三番も手合せしても彼は負け続けた。
 いかにもありさうな、そして安ツぽくシンボリカルな小説の結末のやうで、彼は可笑しかつた。――そして身辺の多くの事柄を、稍ともすればそんな風に不遜な考へ方をしようとする自分をかへりみて、身の縮まる思ひをした。

[#5字下げ]五[#「五」は中見出し]

 九月一日には、またと無い大
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