。兄貴が、それ以上気まり悪さうに、白けた。弟は此方に来る前手紙で、今小田原のK病院に入院してゐるが、未だに実家への帰参が許されないで閉口してゐる、親父や阿母は何でもないんだが、兄貴の奴がとても頑張つてゐて始末に終へない、親父は君も承知の通りあゝいふ優しい人で、在れども無きが如き存在だが、いんごうなのは兄貴だ。聞くところに依ると近頃では阿母が兄貴の前で涙を滾して、僕の帰参を懇願してゐるさうだ、容易に兄貴がウンと云はないさうだ。僕だつて兄貴を恨みはしない、再三の失策をしてゐるんだから――そんな意味のことを彼に伝へてゐた。だから彼は、その兄貴の前で慎ましくしてゐる弟を見て可笑しくなつた。
だが彼は、宮田の家庭が羨しかつた。宮田と彼の家庭と比べれば、その長男の存在が、実に雲泥の差である。彼の家庭では、寧ろ彼の小さい弟の方が権力を認められてゐた。兄の宮田に比べて自分の方がより愚物であるとは思へない――彼は、そんな馬鹿気たことまで考へた。
「信ちやんの酒の飲み方は、何時までたつても書生の失恋式だね。」
兄の宮田は、快活な調子で彼にそんな批評を浴せた。彼は、兄の宮田には古くから好意を持つてゐた。
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