宮田の言葉は、凡て技巧的で野卑を衒つたが、それが如何にも朗らかで、クラリオネットで吹き鳴らす唱歌を聞く感がした。そしてその容貌や体格が彼の気に入つてゐた。繊細で、快活で、そして鹿の如く明るい涙を胸の底に蔵してゐた。弟の宮田が、彼に甘えて兄貴の悪口などを云ふと、彼は極力皮肉まじりの反対を唱へた。お前の方が余ツ程馬鹿だよ、と云はんばかりに――。
斯ういふ風だから家庭に於てもあれ程の権力があるのか知ら――彼は、そんなに思つて一寸陰鬱になつた。「宮田に比べて、何と俺は愚図だらう、そして胸の底に憎い心を持つてゐる、澄んでゐない。」
夜釣りの舟が遠い街のやうに庭から見降ろせた。
「良三、あそこにビール箱があつたね、あれを二つばかし持つて来ないか。」と兄の宮田は弟に命じた。
「あゝ。」と素直に弟は、ビール箱を運んだ。それを二つ庭の突鼻に据ゑて涼み台にした。
「こゝで酒を飲まうや。」
「だが。」と彼は逡巡して「こゝでは往来を見降ろして悪い気がするから、もう少し後ろにさげようや。」と云つた。弟の宮田は、軒先に電灯を釣るし、それにスタンドをつないで庭を明るくした。
「おいビール位ゐは飲めよ、ねえ兄貴そ
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