う貰へないわよ。」
「関ふもんか、今日はひとつウンと贅沢をして、あそこへ泊つてしまはう。金なんて心配するねエ……おふくろがケチケチ云へば友達に借りるよ。」と彼は、大変な威勢を示した。
彼は、腕組をして細君の仕度を眺めてゐた。彼女は、怪し気な足取りで、だが、きつと彼の留守の時に幾度も着てでもみたんだらう、割合に手ツ取り早く着こなした。
「ふゝん、仲々好く似合ふね。洋装の日本婦人は大概顔の拙い奴が多いが、そしてお前もその仲間だが、体の格好は仲々見あげたよ。」
彼は、白々しくそんなお世辞を振りまいた。――そして、いざ出かける時になつて、
「それぢや寒くはないかね。俺のこのコートを貸してやらうか。」と云つた。
「馬鹿々々しい、そんな汚い、男のコートなんて。」と細君は耳も借さなかつた。……彼はゾツと身ぶるひした。冷汗が流れた。「此奴は余ツ程どうかしてゐやアがる。まるで芝居でもしてゐる気だ。馬鹿が/\。」と自分を顧みて、彼はもう一歩も外へ出るのは嫌になつた。
彼は、酔ひ潰れて畳に転がつてゐた。……いくらか眠つて、どうも夢を見たらしい……と彼は口のうちで呟きながら、死んだやうな熟睡に堕ちた。―
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