なことを云つたが、自分も酔つてゐるので細君もそんな気になつて、初めて、
「さうね。」と徒らな思案をめぐらせた。
「海岸にカフェーが出来たね。あそこに東京者らしいハイカラな女が居るぜ。行つて見やうか。」
「行きませうか。」
「いや、田舎ツペの青年が来て居るだらうから不愉快だな。」
「ぢや、たゞ海へ降りて見ませうか。」
「そんなこと真平だ。飲む事か、喰ふ事か……何しろ賑やかなことでなければ御免だ。」
「妾、折角夏服を拵へたんだから一遍着て見たいわ、斯んな晩でなければとても実行出来ないからね。」
「あゝ、それは好い。」と彼は気附いたやうに云つた。そんなものを拵へたのが彼に知れゝば、酷く彼が怒るのは解り切つてゐたので今日まで細君は秘してゐたのだ。彼女は斯ういふ機会に、斯う高飛車に云へばその儘、通つてしまふ彼の欠点を知つてゐた。だが、それにしても今日は良人がイヤに機嫌が好いので一寸薄気味悪くもあつた。
「そしてこれから自働車を呼んで、ホテルへ行かう。」と彼は云つた。森を三つばかり越えた嶮崖の一端に西洋風のホテルがあつた。斯んな所には珍らしく明るい家だつた。
「でも今月このお金を費つてしまへば、も
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