んだ、俺の小説を読んで、どうだい、驚いたらう、斯ういふ因果な倅を持つて、さぞ/\白昼往来を歩くのがきまりが悪いだらうよ、態《ざま》ア見やがれ――彼は、さう云つてやりたかつた。――それにしても小説なんていふ手温く下等な手段でなくて、もつと皮肉で痛快な厭がらせをやつてやりたいものだ――と彼は思つた。
 いつの間にか細君は、独りでビールを一本平げてしまつて、顔をほてらせてゐた。こんなことは珍らしかつた。彼は、自分で勝手もとから一升壜を持ち出して来て、頻りに酒を飲み続けた。
「妾、ちつとも酔はないわ、何だかもつと飲んで見たいからそれを飲ませて頂戴な。」
 彼女は、酔つてゐるかどうかを考へてゐるらしく眼を瞑つて、ちよきんと脊骨を延して坐つた。若し普段なら一撃の許に彼は退けてしまつたが、彼も妙に気持が浮の空になつて、その上陰気でならなかつた為か、少しも細君に逆はなかつた。
 一時間の後、彼はぐでん/\に酔つぱらつてしまつた。尤も細君の方は、酒の酔なんて経験したこともなかつたから、表面はイヤに固くしやちこ張つてゐた。
「どうだい、何か素晴しく面白いことはないかね。」
 彼は、酔つて来るといつでも斯ん
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