失敬だ。うす汚い感じがする……」
 無論彼の言葉は、横腹に穴があいてゐて何の力もなかつた。云ふまでもないことだが、彼自らが今自分で細君を非難した文句に当るべき程の男なのだ。これも余計だが、実際彼は裸体の彫刻を見ると、先づ恥づべき個所に注目するのだつた。
「そんな手前勝手は通りませんよ。自分が云ひ度い放題なことを云つてゐて、創作もないもんだ。それにあゝいふことを書くなんて、まつたく外聞が悪いわ。親の恥を天下に……」
「黙れツ!」と彼は叱つた。
「何さ、その顔は! 小説なら小説らしくちやんとしたものを書きなさい。あんなものを書いてゐるうちは何時までたつたつて有名になんてなりツこない。それが証拠にはあなたのものは一遍だつて誉められたことなんてありやしないぢやありませんか。」
「よくそんなことが解るね。」
 努めて白々しく呟いたが彼は一寸気が挫けた。小説家志望なんて一日も早く断念した方が好ささうな気がした。それさへ止めれば斯うまで親達に馬鹿にされもせずに、何とか済むだらう……などとも思つた。
「いくら妾だつて新聞の批評位ゐ、読みますわよ。」
「新聞の批評なんて駄目だ。」
「だつてあれを書く人は
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