は、彼等に向つて、これまで物資に関しては一切共有的観念を持ち合はなければ「自然」に敗北する、吾々がこの田園の中に住家を求めてゐる間は――などといふことを主張してゐたから。
 間もなく私は「灰色の蛾」といふ意味の名前に飽きた。――私は、名前を持たなかつた。私は、亡霊であつた。私は、一日も早く愉快な別離を希ひながら、ドリアンを飛ばせて納屋に通つた。
「灰色の蛾――」
 と女房も称び慣れてゐた。「早く妾達は都へ行つて、ダンスホールへ通ひたいものだ。」
「あの名前は止めたのだ。許して呉れ。」
「では、これから何と称んだら好いの。未だヒーローの名前が定らないの。」
「……亡霊だ、あゝ!」
 と私は溜息をついた。名前が先に決つて、それで称び慣れても私自身も周囲の者もヒヤヒヤしなくなる頃となつて、漸く私はその主人公《ヒーロー》が活躍する一篇の物語が完成するのがそれまでの習慣だつた。
「手前え見度いな碌でなしは死んでしまへ、俺が斯んなに夢中になつて意見をしてゐるのが貴様には聞えないのか。」
 つい此間も私は、私の出たらめな生活を譴責に来た律気な叔父に胸を突かれて、果てはぽかりと頭を擲られたにも係はらず
前へ 次へ
全28ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング