両流のチヤムピオンであるから、敵の息の根を楯の下に圧し潰すまでは止められぬのだ。」
「多くの場合、二つの性格といふものが……」
 私は、極度の困惑のあまりおそる/\呟いたことがあつた。「常に一個の胸の中に於いてさへも相反撥してゐるといふ矛盾に関しては――」
 と云ひかけると二人は同時に、
「吾々はそんな矛盾なんて覚えたこともない。」
 左う叫んで、見事に胸を裂き示した。且つ、斯る矛盾などといふが如きは、芸術の敵である! と開き直つて、そろつて、今度は私に詰め寄つた。私は、秘かに彼等を稀大なるオプテイミストとして、尊敬し又羨望した。それと同時に私は、斯うまで相反する両様の性格者と、夫々円満らしき交際の出来るかのやうな自身に、突然、恥を覚えて底知れぬ憂鬱の谷に転落した。その頃私は、岬の納屋の三階に通つて、風景と心象の接触点が醸し出す雰囲気の境地に足場を求めて、自己の亡霊を、さながら在り得べき「風景」の森蔭に再生せしむべく精根を枯らしてゐた。
 納屋の屋根裏で架空の塔を昇り降りしてゐる自身の亡霊は、稍ともすれば彼等の争ひの声に呼び醒されて、胴震ひを覚えさせられた。私は、その仕事の内容を絶対に
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