を担いだ連中が、車の紛失に気づいて止惑ふであらう光景に就いて話合ひながら、麦畑の岡裾を回り、崖径を辿つた。行手の岬の魚見櫓の真上に円い月が懸つてゐた。黒い岬の背が蝙蝠の翼のやうにうねり、遥かの崖下に波の響きが聞えるより他には、動くものゝ影もない涯しもなく静寂な月夜であつた。
私は、刻々に強まる酔ひに似たものを感じはじめてゐた。睡気のやうなものが、視開いても/\眼蓋の上に覆ひかむさつて来た。その度に私は、ドリアンの頭上の空気に鞭を鳴らした。――月が、円塔形の櫓の中腹に低く垂れ懸つて私の眼に映つた。塔が急にあの鉛筆に似た煙突のやうに細くなつて、煙りが見えたかと思ふと、スルスルと空中に浮びあがつて大空を割する巨大な時計のダイアルの位置をぐる/\と回り、月が悠やかな弧を描いて振子と化してゐた。――私は、わけもなく、いつか風車となつて見あげた時の月を思ひ出したりしてゐた。そして、あの時の月の方が華麗であつた! などと思つた。
漁場の広場には大きな篝火が焚かれて、樽を叩く者、踊る者、そして合唱の渦巻きで大変な騒ぎであつた。彼等は私達の馬車が到着したのを見つけると、一勢に天に冲する歓呼の声をあげ
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