て、悦び迎へた。
 豊漁祭の由であつた。――青鬼がゐた。天狗がゐた。赤鬼がゐた。皆な、夫々の仮装を凝して大浮れであつた。彼等は私達も亦この豊漁祭を悦んで駆けつけた踊り手と思ひ違へて、有無なくその渦巻の中へ引き込み、八方から盃と料理の皿を突きつけた。私達は、間もなく気分をとり戻すと、法螺貝や樽や、笛、擂り鐘、銅羅等のジヤン/\と鳴り喚く、大合奏に伴れて踊り回つてゐるカロルの中へ紛れ込んだ。
 月が、あんな風に見えたのは空腹のせいだつたのか――と私は気づいた。
「わたしは明日から、あの櫓の上で観測係をつとめるつもりだよ。あなたは、あたしの助手になつてお呉れね。」
「おゝ、嬉しい!」
 と、私の踊り合手は私の頬の傍らで悦びの声をあげた。――「Ossian――お前は勇敢な妾の夫だよ。」
 私は、私の言葉つきが女のやうであるのに気づいて秘かに驚いた。九郎達がゐなくなつてからといふものは、天地の間で、女房ひとりだけが話合手であつたゝめか、いつの間にか私はその影響を被つて、そんなになつてゐたか! と思つた。あれ以来の、ひとりの自分の眼に映ずる様々な風景が、夢ともなく、現実ともなく、一つ一つの額枠に収
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