と繰り返しながら、至極普通の感情を持つてゐる同伴者にまでも、斯んな苦労ばかりを与へてゐることが堪らなく気の毒になつて来たのである。私は、彼女のこの装ひが大変に見事で、もう何も彼も忘れてしまひ、斯んな長閑な朧夜の霞みの中を歩いてゐると、世にも幸福な大王様と后が花園を散歩してゐると思はれるのだ――といふやうなことを告げたかつたのであるが、断じて言葉が続かなくなつてしまつたのである。
「どうしたの、Ossian! ――おなかゞ空いたんぢやないの?」
「左うだ――。然し、わたしよりも君は何うなの? 歩くのが切なかつたら、わたしの腕の上に載つて……」
「…………」
 彼女は黙つて俯向いた、愛を囁かれた娘のやうに――。
 私達は、窓に向つて憎々のウヰンクスを送つた後に手を執り合つて其場を退いた。青草を踏むサンダルの感触が、雲の上を往くやうに滑らかで、他易く空腹を忘れることが出来た。
 門口に回ると、誰が乗つて来たものか空車をつけたドリアンがたゞずんでゐたので私は轡をとり、彼女を座席に促した。彼女はマントの裾をつまんで、慎しみ深く車上の人となつた。
 私達は予定に従つて岬の納屋を目指した。買収品の荷
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