約して、数々の負債を重ねたのだ。「八郎が帰るまで――」「七郎が……」
 夜――私は、女房の腕をとつて崖下の街道に逃れ出た。振り返つて見あげると、皎々と灯りのついた部屋/\の窓が、一勢に外に向つて開け拡げられて、多くのゾイラス共の影が縦横に行き交うてゐた。転宅の模様でゞもあるかのやうに、種々な荷物を担いだシルエツトが中央の窓の蔭に寄り集まつた。ひとりの男が急造への壇の上に昇つて、卓子を前にした。その周囲に人々が円陣をつくつた。それらの影がはつきりと映り出て、やがて口々に何事かを叫び、拳を振りあげたり、踊りあがるやうな恰好を示したりした。――私は、私の弾劾演説が初まるのだらう! と思つて、女房の手を執つたまゝ、ぼんやり見あげてゐると、壇上の男が不図執りあげたものに気づくと、それは私の剣闘練習用の錆びたサアベルであつた。男は、滑稽な見得を切つて稚拙にそれを頭上に振つた。哄笑の声が起つた。男は頻と口に何事かを叫びながらサアベルを振つてゐたが、間もなく疳癪の発作に駆られた身振りで、窓外にそれを投げ棄てた。サアベルは私の脚もとに滑り落ちた。
 男は、次に二人がかりで重いトランクを持ちあげた。演説で
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