た、ホメロスの詩を――。彼は、ホメロスに対する弾劾論を強調する目的で各国語の凡ゆる形容詞を八部の著書に取り纏め七冊の修辞々典を著はし、五冊の書に厭世哲学を述べて、遠くシヨウペンハウエルに迄影響の翼を垂れた。
私の「ゾイラス」は、三日三晩の不眠不休の揚句、一気呵勢に完成された。
「はつきりと現実を把握した。君の一面に斯る境地を見出すことは稀有の悦びだ。」
八郎は私を抱きあげて、部屋の中をぐるぐると回つた。そして早速都へ走つて、金に換へて来ることを約した。「ゾイラス」の作者は、発熱の床で、新しい使者を見送つた。その日まで着てゐたたつた一着の私の背広を八郎が着て、妻の外套で旅費を工面をした。彼女が、若し八郎の帰宅がおくれると「ゾイラス」は壁飾りのインヂアン・ガウンを着て外出するより他はなくなるであらう――と嗤ふと、彼は憤つた表情で、
「私は九郎ぢやない――気紛れといふ性質を知らぬ唯物論者だ。」
と腕を振つて出発した。そして、翌日の夕暮時の汽車を約した。――翌晩、終列車まで待つた七郎と女房が、私の枕元に空しく立つてゐた。
「散歩へ行かう。」
私は二人を促して外へ出た。私は、胸にいさゝか
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