んな動機で彼の仕事までが汚れて見えて来るのに、私は驚いた。九郎は一切主張を持たぬ性質で、他の二人から恰度私の立場に似た扱ひを享けてゐる為に、私は別様の親しみを感じてゐたのであつたが、それが反つて私の胸に醜悪な影となつた。私と九郎は手を執り合つて、道伴れを約した事さへあるのだ。それを自分は、こんな機会に、徹底的に罵るなんて、何と自分たる者に恥を覚えぬか、偽、偽、偽! と、われと吾が胸に矢を放つて見るのだが、断然この愚劣な亢奮は収まらぬのだ。
憎気な九郎の顔だけが、一切の夢を退けて私の眼底にやきついてゐるのみだつた。
私は翌日から、今度は油を借りて来て自分の部屋で「|罵しる男《ゾイラス》」と題する短篇にとりかゝつた。 Zoilas――には、既日私は転身することが出来た、称号に慣れるまでの暇も要ともせずに、忽ち、Ossian を振り棄てた。私は、書き誌すそばから、同人連に向つて朗読した。
Zoilas(B.C. 400−305)あゝ、あの厭生派の修辞学徒は稀代の長命者だ。彼は、その一生をホメロスの罵倒に傾注した、その名前が「罵しる男」なる抽象名詞として通用されるに至つた程彼は憎みとほし
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