の火酒にその身が焼かれるのも忘れるであらう、奴等と来たらわづかばかりの頓智に満足して、恰度小猫が自分の尻尾に弄れるやうに、酒場の亭主に信用のある限り、そして自ら訴へる程の苦痛のない限り、年がら年中堂々回りのお祭り気分で有頂天――」
 それは博士の言葉ではない――「|愛と光りを吹き消す翼《メフイストフエレイス》」の、それこそ「誘惑の科白」なんだよ――と私は気づいたが、訂正する子猶もなく、七郎の声の面白さに亢奮して、八郎を引きずつたまゝ戸外へ滑り出た。
「八郎なんて振り切つてしまひなさい。しかめつ面の唯物論者奴、盗み飲みの道伴れに友達を誘はうとしても駄目だぞ。」
 七郎は片側から私の腕を引つぱりながら、八郎を罵つた。
「云つたな――何方が盗すつとだ。手前えは Ossian の奥方が、俺の歌に惚れて接吻を要求したなどと吹聴したらう、認識不足の放浪者奴、他人のあたり前の好意に飛んだ自惚れ気を起す乞食詩人奴――」
 私の右腕を執つたまゝの八郎は、七郎に向つて脚を挙げた。
「ボロシヤツ一枚で歩いて帰れ――」
 二人の口論が次第に激しくなると、二人は私の腕を左右から根限り引つ張つたまゝ、罵りの言葉の
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