に何んな悪潮が流れ込んでゐるのか決して想像もつきはしない、不思議に綺麗な海洋である。遥か彼方の水平線の上を細い煙りをたてゝ、進んでゐるらしい汽船が一つ、たゞ後ろに悠やかになびいてゐる煙りの具合だけで、走つてゐることが解るどこまでも長閑気な、のたり/\[#「のたり/\」に傍点]の春の海原ではないか。
 ――だが、再び、何んなに私達が多くの思慮深い額をあつめて、事を謀らうが、長夜の寄合ひを続けようが、相手が深淵極りなき大海原であり、大ネプチューンの支配下である限り――嗚呼! 私達は、如何なる議を廻らし、何んな寄り合ひを開かうとするのか、嗚呼、蟷螂の斧とも喩へられぬではないか……だが、吾等は、事を謀らずには居られぬ、円陣をつくつて長夜の議会を開かずには居られぬ、それが空しき業と解つてゐればゐるだけ、炎ゆる血の止め度なき竜巻の、天に沖する気焔を挙げずには居られなかつたのである。――で彼等は、稍ともすれば納屋の櫓に集つたり、居酒屋の二階に寄り集つたりして、「事を議す」――「論を提出する」――「賛成する」――「反対する」――果は、罵り合ひ、つかみ合ひ、「仲裁」――「和議」――「仲直り」――「乾盃」
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