繰り返しながら、掲揚旗とサイレンとに関する配慮だけを私達に任せて置いて、隣県の妻の許へ帰つて行つた。
「何うして?」
「午から納屋の連中が、マメイドの二階に寄り合ふんです。」
村にたゞ一軒の居酒屋である。
「それは、また何うして?」
「何うして……ツて! 何とかして網が入れられるやうな相談をしなければならないぢやありませんか、斯う毎日々々私達は陸で、居候を続けてゐるんぢや全く何うも情けないぢやありませんかね……」
漁業を――「一枚の板子の下は地獄である」と称してゐる海の仕事を天命の職と心得てゐる彼等は、田や畑の仕事にたづさはつてゐる境涯を、居候! と云つて、丁度屯所の天幕の中で戦ひの来るのを待つて腕をこまねいてゐる兵士等と同じやうに、花々しく猛り狂ふ夢をおさへてゐるのであつた。
「寄り合ひ――をね……」
と云つて私は、眼を細くしてぼんやりと空を見あげた。好く晴れ渡つた朗らかな晩春の空である。斯んなに麗らかな空でありながら、何うして海ばかりがそんなに荒れつゞけてゐるのだらう。いや、その海だつて、この丘のあたりから遥かに見降すと全く紺碧に澄み渡つてゐて、何処に何んな風波が渦巻き、何処
前へ
次へ
全35ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング