R漁場と都の酒場で
牧野信一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)秣《まぐさ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)のたり/\[#「のたり/\」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)待つて呉れ/\
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     一

 停車場へ小包を出しに行き、私は帰りを、裏山へ向ふ野良路をたどり、待ち構へてゐた者のやうにふところから「シノン物語」といふ作者不明の絵本をとり出すと、それらの壮烈な戦争絵を見て吾を忘れ、誰はゞかることも要らぬ大きな声を張りあげて朗読しながら歩いてゐた。歩く――と云つても朗読の方へ大方の注意を込めてゐたから、一間すゝむと其処に五分間も立ちどまつて、神妙に首をひねつたり、また、思はず胸先に拳を擬し、何時までゝも空を仰いだまゝ、恰も琴の音に仰いで秣《まぐさ》喰《は》む馬のやうに恍惚として、口をあけてゐたりするのであつたから――この「歩いてゐた!」には、形容詞や副詞に余程誇張した言葉を選ばなければならないのであるが、私は「私」を「彼」とでも書き変へぬ限り、その亢奮状態を客観視し
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